生きづらさの原因:自分事に受け取ること

前回までの記事でお伝えしたように、私たちは教育やしつけ、これまでの経験によって人それぞれに物事の見方を作り上げ、それによる夢の中に生きています。

その夢の中では、物事を個人的に受け取るようにしつけられていることが多くあります。

これは物事を自分の力で変えていくために、とても役に立つ考え方です。

その半面で、個人的に受け取ることによって自分自身を苦しめることにもなります。生きづらさを生み出す原因にもなりかねます。

今回の記事では生きづらさの原因という観点から「個人的に受け取ること」についてお伝えします。

「個人的に受け取る」とはどういうことか

個人的に受け取るとは、あなた自身がそのことを自分に当てはまると合意することです。

例えば、担当している仕事が想定していた通りの結果にならなかったとします。

その時、誰かがあなたに「あなたは努力が足りない」と言ったとします。

個人的に受け取るということは、誰かが言った「あなたは努力が足りない」ということを自分に当てはまることとして受け取るということ、その言葉に自分が合意するということです。

あなたが、他人の言葉に合意することによって、あなたは自分の努力が足りなかったと思い、自分を責めることになります。

これが、あなたを苦しめることになり、生きづらさを生み出す原因にもなります。

誰かが言う「あなたは努力が足りない」というのは真実ではありません。

それはあくまでもその人が見ている夢です。

その人がこれまで受けてきた教育・しつけ・経験などから作られた、その人の考え方・信念・価値観がその人に見せている夢、物事の見方の一つに過ぎません。

ですから、その人の言葉は真実ではなく夢の見方の一つであり、それに合意するかしないかはあなたの自由です。

自分が原因の生きづらさ

物事を個人的に受け取ることによって、あなたはその物事に何かしらの反応をすることになる。

ときには、感情的になったり、あるいは自分の正しさを主張しようとして他の人に対して攻撃的になったりもする。

これらは個人的に受け取ること、そして受け取ったことによりあなたの中の傷が痛むことによって起きてしまう。

これはあなただけに起きていることではない。

誰かが「あなたが言ったことは私を傷つけた」と言ったとする。

そのとき、その誰かを傷つけたのはあなたではない。

それは、その人の中にあなたの言動によって反応するような何かがあり、その人があなたの言動を個人的に受け取り、自分のこととして合意したことでその人自身で自分自身を傷つけている野に他ならない。

誰もが自分が合意したこと、自分自身の夢の見方に基づいて世の中を見ています。

あなたが、他人が見ている夢を個人的に受け取ってそれに合意することは、ときに自分を否定したり、自分の中の傷を刺激したりして、生きづらさを生み出す原因になります。

誰も侵すことができない内面の自由

世の中は、これまで通りとなるような枠の中に私たちをあてはめようとし、そうなるような夢をの見方を身につけさせてくれます。

個人的に受け取るようになっていくのもその一つです。それが生きづらさの原因になることがあたとしても。

生きづらさを克服するための方法の一つは、すべてを個人的に受け取ることを止めることです。

誰かがあなたに何か言ったとしても、それはその誰かが見ている夢であり、あなた自身の真実ではありません。

あなたがあなた自身に対してどう思うかは、あなた自身で決めればいいことなのです。

そしてそれは、あなたがどんな自分であるかを自分で決め、自分の生き方を自分で決め、自分の命を使ってどんなことをしていくかを自分で決めることです。

誰もがそれをする可能性があります。

こうして生きることによって、あなたは他人が見る夢や社会の制約から自由になります。

その自由は、誰も侵すことができない内面の自由です。

内面の自由を得れば、周りで何が起きたとしても、他の人があなたにどんなことを言ったとしても、あなたは平然とし、心の平穏を保っていられます。

個人的に受け取らないこと。そこから内面の自由が始まります。

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